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モンゴルのストリートチルドレン

 草原風景
  社会主義時代のモンゴルは計画経済の下で完備した社会福祉制度、学校制度を持ち、子どもたちは高校または職業学校を卒業するまで国の手厚い保護の中で暮らしていました。また完全雇用制度は福祉政策とともに家族に安定した生活を保障していました。

 しかし1990年の民主革命と市場経済制度の導入がモンゴル社会を一変させました。社会主義下の国営工場・商店が全面的に解体されるとともに、家畜や国有財産の個人所有化が突然推し進められ、新しい経済制度に不慣れな人々は自由競争の荒波に投げ込まれて、瞬く間に失業者の群れと貧富の差の途方も無い格差が生み出されました。また牧畜を支える地方のインフラが機能を停止したことと2000年前後の大冷害が牧民を直撃し、疲弊した人々は職を求めて大都市に押し寄せ都市郊外に巨大な貧困地帯(ゲル地帯)を作りだしました。アルコール、家庭内暴力、養育放棄、刹那的な結婚(母子家庭)は多くの子どもたちを路上に放り出し、90年代前半にはストリートチルドレンの数が4000人にも達しました。現在では、児童数は減少しましたが、ウランバートルで約1,200人がNGO施設で養育され、他に数百名程度が放置児童として存在するといわれています。

 これに対する政府の政策は社会主義以来の伝統的な年金・手当の支給が中心で、その額も十分とはいえず、なおかつ貧しい大人たちはこの手当金に頼って生活している状態です。

 義務教育は無料ですが、教科書代、通学服、学校行事にまつわる諸費用を負担できない家庭が多く、子どもたちの学校からの脱落(ドロップアウト)が大きな問題となりました。

 

国内移住とゲル地域

ゲル地域 モンゴルは元来遊牧民の国なので人々は気軽に移動します。地方からウランバートルへの移住は1960年ごろから始まり、それが本格化したのは1990年の民主革命以降です。その上、2000年前後の大冷害が遊牧民に都市移住を促し、1990年の人口59万人が15年後の2005年には100万人(公式統計)に達しました。しかし実際には120万人がおり、そのうち50万人(12万6千世帯)はゲル地域に住んでいるといわれています。移住してきた人々は郊外に巨大な集落を作り、それが拡大して今では首都がゲルによって取り囲まれた状態になっています。

ゲルは遊牧民特有の丸い移動式テントで、設置も解体も簡単。中央に置いたストーブが炊事、暖房の中心になります。ゲル地域の生活は外国人が考えるほど不便とは言えませんが、電気・上下水道はなく、水はキオスクから買い、排出する汚物は外に放置します(乾燥寒冷地なので、悪臭や衛生上の問題は大きくないらしい)。風呂は社会主義時代からの公営シャワーステーションで済まします。しかし、日常活は依然苦しく、失業、貧困が原因の飲酒、家庭内暴力、養育放棄などが児童問題発生の原因となっています。その上1軒の年間石炭消費量は約5トンと推定され、盆地状のウランバートル市の大気汚染の最大の原因です。

2003年の土地私有法施行以来、この地域の人々は木材やレンガを用いて、器用に自力で簡単な家を建て始めました。しかし建物がかわっただけで、生活様式は変わりません。市当局はさしあたり4万戸のアパートを建てて彼らを住まわせる考えですが、土地収用法やローンのもとになる担保関係の法律の整備、それに上下水道、電気(発電所が要る)の事前整備などのためにかなり時間がかかりそうです。