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■モンゴル一口メモ

■モンゴルの詩

■モンゴルの格言

モンゴルってどんなところ?



チンギスハーンの騎馬部隊を再現!
大迫力の戦闘場面

■モンゴルの歴史(概略)

BC2 漢と草原諸族、万里の長城国境協約
1206 チンギス、モンゴルを統一
1254 フビライ、元朝を開く
1271・81 日本進攻
1368 元朝滅亡
1470 ダヤンハーン、モンゴル再統一
1577 チベット仏教の普及、清朝支配
1911 生仏君主制国家成立
1915 ロシア・中国モンゴルを勝手に分割
1921 モンゴル人民政府樹立
1939 対日ハルハ戦争、ソ連による大粛清
1958 牧民協同組合化
1981 モンゴル人宇宙飛行士誕生
1990 民主革命

 モンゴルはアジア大陸の中央にあって、ロシアと中国に囲まれた海を持たない内陸国です。国土は北の森林・湖沼地帯、中央の広大な草原地帯、南の砂漠地帯と変化に富み、157万平方メートル(日本の4倍)の土地に約260万(日本の約2%)の人々が住んでいます。モンゴルでは第二次大戦後に都市化が進み、今では人口の50%以上が主として草原地帯の都市部で生活しています(ちなみに首都ウランバートルの人口は120万人)。  
 歴史上モンゴルでは13世紀に、チンギス・ハーンとその子、孫たちが東は朝鮮半島から西は東欧の東端、今のイラン及びイラク、トルコの一部に至る広大なモンゴル帝国を築きました。しかしその後国力が衰えて清朝の長い支配をうけ、1911年にラマ教王を戴く独立国家を作ったもののその10年後にはソヴィエトに従属する社会主義国家にかわり、1990年の民主革命によってようやく現在の自由主義経済に立脚する民主独立国家となりました(政治は大統領と議員内閣の並立制)。鉱業、牧畜が主産業です。

 

 

 

チンギスハーンの法律

チンギスハーンの法律(ヤサ)

チンギスハーンは1206年以来、みずからの判断を法律、すなわちヤサにまとめました。その原本、写本は失われましたが、ヤサが彼の後継者にとって変えることのできないものだったのでその断片が口伝として現在まで伝わっています。その幾つかに以下のようなものがあります(口伝の出所によって言い回しが異なります)。

<宗教に関すること>

彼はあらゆる宗教を無差別に尊崇することを命じた。彼はそのすべてをもって神の意に適うとした。

彼は托鉢僧、塔でコーランを唱える役僧、司法官、医師、学者、祈祷と隠棲に身を置く者、死体を洗浄する者には賦役及び租税を免じた。

彼は人民が諸宗派に好悪の情を示すこと、大言壮語することを禁じた。

彼はいかなる物をも不浄とするのを禁じ、万物はすべて清浄だとした。

<倫理・刑法に関すること>

彼のヤサは虚言、窃盗、姦通を禁じ、隣人を自己のように愛し、これを辱めることなく、侮りを許し、進んで屈服した国及び街を守ることを命じた。

ヤサは各人がたがいに敬愛し、姦通せず、盗まず、偽証をせず、謀反人とならず、老人と貧者を敬愛するように定め、これに反した者は死刑にするとした。

姦通した者は、姦夫の結婚の有無に関わらず死刑に処す。

意図的に虚言をした者、魔術を行う者、他人の行状を秘かに調べる者、争いの一方を助けた者は死刑に処す。

殺人は贖罪金を支払えばこれを免じ、回教徒を殺した者は40バルイシュ、中国人を殺した者は1オスロムとした。

<生活に関すること>

彼は人民が水に手を浸すことを禁じ、水を汲むには何であれすべて器をもってすることを命じた。

彼は人民が未だ着古していない衣服を洗濯することを禁じた。

水または余燼の中に放尿した者は死刑に処す。

商品を仕入れて破産し、また破産し、このようにして3度に及んだ者は死刑に処す。

<相続に関すること>

妾腹の子は適法とし、父が定めるところに従い相当の相続分を受ける。財産の分配に際し年長の者は年少の者よりも多くを得、末弟は父の家督を相続する。子の順位はその母の階級により定める。多くの妻のうち主としてその婚姻の時期により一人は常に正妻とする。

父が死んだとき、息子はその母を除く父の妻を処置し、あるいはこれと結婚し、またはこれを他人と結婚させることができる。

<格言>

どんな言葉も誠意をもって発すれば人を動かす。戯れの言葉には力がない。

自分を知ってこそ他人を知る。

事をなすためには細心であれ。

リャザノフスキ『蒙古慣習法の研究』 大空社 2001

 

モンゴルの詩

モンゴルは遊牧民の国であり、詩の国です。小学生は詩を暗記していますし、詩のコンテストもあります。ここでは古い遊牧民の無名の詩と、現代最高峰にある、メンド・オヨーの詩を紹介します。メンド・オヨーはかって世界詩人協会の会長を務め、その詩は遊牧民独特の清んだ透明性とラマ教に根ざした高い精神性を表現しています。

 

古い遊牧民の詩 

 

15夜の月、夜空の明るいともしび、15歳の娘、父母のともしび!


たとえ月が大空にとけても、全宇宙にとって月はともしび。


たとえ妻が30になっても、家族にとって彼女はともしび。


月は消えることもあるが、全宇宙にとって夜のともしび。


たとえ女が老いをむかえても、生みの子らにとってそれはともしび。


≪マイダル『草原の国 モンゴル』新潮選書 昭和63年。≫

 

 

■メンド・オヨーの詩

 

草原 新た

 

冬の初め 広い青空から

カッコウのメロディーが響く

この身を離れて無の中に生まれ

静寂の耀くすがたにたどり着けたら

 

幾千年も遠い昔若草の丘の上で

私は我が馬を思った そのいななきは高く

今から後も私は 同じ丘の上で 

その力強い姿に思いを巡らす

 

あふれる朝の輝きのうちに 陽は

我が目を通して 内なる贈り物となる

その光がこの世のほこりと汚れを除き

全てから自由にそして純粋にしてくれたら

 

馬の身ぶるいに露はきらめき落ち

ツバメはサラブレッドの耳をかすめる

そのいななきはメスを呼ぶのと異なり

遙か彼方に願いを求めているようだ

 

時の流れに青空はかすみ

陽の動きは草原をくまなく包む

草地の花は薫る身をむけ

糞を燃やす煙は頭上に立ちのぼる

 

古い昔先祖たちは

いななくらくだと共に草原を渡り

青銅の矢じりで地を掘り

幾年も柔らかい草の中に伏した

 

頑丈な牛車の轍も花を折ることなく

鳥はその卵を砕いて馬の蹄に道をひらいた

野の獣は悩みなく平穏を楽しみ

このように素晴らしい地は他になかった

 

私たちは80年の陰影のなかに馬頭琴をかなで

苦しみの最後のあえぎの中から歌をつみ取った

そして今、塩の草原にいる無数の青サギのように

幾たびも七つの仏の陰に宿る

 

私は鳥や願いごとの飛びゆく姿を知り

星の動きと人の往く道を見てきた

ゲルの炉の守護霊になりかわり

家の中心にたどり着いて純粋なるものを見いだした

≪G. Mend-Ooyo, “Nomadic Lyrics”, translated by Simon Wickham-Smith より。≫

 

■モンゴルの格言

『若いときの息子は父親の助けになる。朝早く起きれば一日の助けになる。』

『当てにした山には獣がいない。楽しみにした息子には分別がない。』

『やり方を見たこともない賢者よりも、何度も見たことのある愚者の方がましだ。』

『良い名は望んでも得られない。悪い名は削っても取れない。』

『朝早く酒を飲んで酔えば一日の労苦。布長靴が窮屈なのは一年の労苦。二人の妻を娶れば一生の労苦。』

『女に夫がなければ身に主人がない。男に妻がなければ家に主人がない。』

『山羊皮の衣装はしなやかだといってもゴワゴワする。姑はおだやかだといってもツンケンする。』

『厳しくとも姑はあった方がいい。 暑くとも火はあったほうがよい。』

(モスタルト「オルドス口碑集」東洋文庫 平凡社 昭和47年からの抜粋)

 

『らくだは自分にこぶがあるのを知らない。』

『下手な射手にとって悪いのはいつも弓。』

『亀は千の卵を産んでも声を出さないが、鶏は一つの卵で鳴き騒ぐ。』

『放した馬は捕まえられるが、放した言葉はつかまらない。』

『苦しみを見なかった人は幸せの価値を知らない。』

『父がいる間に人と知り合え、馬がいる間に土地を見ておけ。』

(マンダル「草原の国モンゴル」新潮社 1988)

 

『遠い親戚より近くのアイル(集落)がよい。』

『他人の馬に乗った男はとかく飛ばしたがる。』

『子供は父母をカサに着る、犬は主人をカサに着る。』

『百歳の人はいないが千年の言葉はある。』 

(資料:多種より)